オルフェ・ラム・タオと、イングリット・トラドールに救いはあったのか。

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画像引用:animate Times

『ガンダムSEED FREEDOM』に登場した、新興国家ファウンデーションの宰相、オルフェ・ラム・タオ。

その振る舞いは、すごく紳士的でまるで王子様…かと思いきや、物語が進むにつれて、思い通りにならないと声を荒げたり、ラクスを無理やり手籠めにしようとするなど、紳士とは真反対な面がどんどん見えてくる。でも、根からの悪党ではない。種の母の教育により、愛を知らないまま大人にならざるを得なかった、本作の哀しいヴィランズだ。

演じているのは、下野紘さん。ストーリー前半のカリスマ性があり落ち着いた姿から一変、自身の知らないものや理解できないものに触れて取り乱し、余裕がなくなっていくオルフェの心の変化を、すごく魅力的に演じられていた。

個人的には、オルフェがラクスに急接近してくる前半シーンの演技がすごくお気に入りだ。優しい声やセリフの中に違和感がちゃんとある。愛しているけど、愛していない。愛があるように見えて、実は空っぽ。この辺りのサジ加減があまりにも絶妙すぎて、プロの声優さんってやっぱりすごいと思った。

話を戻し…。

終盤、彼のセリフで「なぜ私は愛されない!」という、心の奥底にある想いを吐露するようなシーンがある。

アコードとして生きるオルフェにとっては、ラクスと共に人を導き、平和な世をつくることができなければ、「自身の運命=使命を全うできない」ことになる。それはつまり「自分の存在価値がなくなる」ということ。だからこそ、ラクスにあそこまで執着している。

たぶん、オルフェは気付いていた。母上と慕うアウラに、人ではなく道具としてしか愛されていないことに。ラクスの「愛しているから必要」という言葉を認めてしまったら、「愛されていない自分は、必要ではない」ということになるから。だから、あんなにも否定し、ラクスと結ばれて使命を果たす事で、母から真の愛を得ることを渇望している。

映画鑑賞後、運命ではない相手に恋をした、”アコードの失敗作”とも言えるイングリットの最期の言葉、「もういい。もういいんだよ…。」の意味をずっと考えていた。

きっと、「自分に課せられた運命のレールを外れても、あなた自身にちゃんと生きている価値がある。だから、もう運命を全うすることに執着しなくていいんだよ。そのままのあなたでいいんだよ。」ということを伝えたかったんだと思う。

キラが言った、「目が見えなくても、歌を歌えなくても、ラクスはラクス。ラクスの全てを愛している。」という言葉。それを、今度はイングリットがオルフェに自分の言葉で伝えてくれた。

正直、イングリットの恋心がオルフェに伝わったのかは分からない。最期まで彼女の方を見向きもしない、どうしようもない男にも見えた。でも、本当は分かっていたと思う。彼が1番欲しかった言葉をくれたこと。使命を果たす、果たせないなど関係なく、”オルフェ”という人間そのものの価値を肯定し、本当の意味での愛をくれたことを。

ラストの2人のカットは、完璧な新人類とは程遠い、素直になれなかったただの1人の男。そして、そんな彼の全てを愛する”自分”を認めることができた1人の女性の姿だ。ラクスがキラの隣に並んだように、最期の時は愛する人の後ろではなく隣に立ったイングリット。ありのままの自分を肯定することもまた愛。

アコードとして生まれながらも、あの2人だけは、最期に本当の愛を知ることができたし、ちゃんと救いはあったんだよ。

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